東京動物園ボランティアーズ

こんにちは! 私たちは都立の恩賜上野動物園、多摩動物公園、井の頭自然文化園で活動しているボランティア組織です。

ご注意ください。

こちらの記事は3年以上前の内容であり、現在の活動内容と異なっている場合があります。

私たちは2023年7月現在、新型コロナの影響で休止していた活動を再開しようとしているところです。

これまでの歩み

金平糖

上野動物園で「動物園におけるボランティア組織の結成について」という懇談会が開かれたのは1974年5月のことです。集まったのは、動物園に理解が深い「動物愛好会」(現在の動物園友の会)と「昆虫愛好会」の会員など二十数人。当時の中川志郎・飼育課長(故人)が、欧米の動物園や水族館では市民ボランティアが活動して動物園の社会教育機能の充実が計られていることを説明した後、こう話しました。

「ボランティアは本来自発的な意思で行動するもので、動物園から呼びかけるのでは筋が違うかもしれない。しかし、自然発生するのを待っていては先進国との差はますます開くばかり。もし機運が熟しているのなら、この呼びかけがきっかけとなって、ちょうど過飽和の砂糖水に投げ込まれた芥子(けし)粒の周りに金平糖(こんぺいとう)が結晶するように、日本の動物園にもボランティア組織が生まれるのでないでしょうか」

懇談会に参加したひとり、正田陽一さん(写真=当時・東大助教授、故人)は「金平糖の例えは悪くないな」と感心したそうです。中川さんは、ヨーロッパの動物園で研修を受け、動物園事情をつぶさに視察してきただけに、格別の思いがあったに違いありません。その会議で「東京動物園ボランティアーズ(Tokyo Zoo Volunteers、略称TZV)」という名称が決まり、正田さんはじめ準備委員が選ばれました。

正田陽一

正田陽一

暗中模索

のちに「カバ園長」と呼ばれた普及指導係長、西山登志雄さん(故人)を中心に講習会を重ねるなどして、東京動物園ボランティアーズ設立総会が開かれたのは10月10日でした。一期生は30人(写真)、会則も決まり、正田先生が初代幹事長となりました。動物園で活動するボランティア組織は日本初でした。当時はまだ「ボランティア」という言葉さえ珍しく、国語辞典にも「篤志奉仕家」とあったぐらいです。

西山さんから「ボランティアは動物園の無料アルバイターではないから、活動内容は自分たちで決めること。ただし、事前に必ず園の許可を得ること」と言われたものの、どんな活動をするかは暗中模索だったといいます。上野動物園と多摩動物公園で実習や研修を重ね、中学生のガイドツアー、干支にちなんだウサギ教室、ミニ牧場教室、不忍池の水鳥観察会、夏のズー・フレンド・デーに始まった「五つの質問」などの活動が少しずつ整いました。実は、ボランティアを受け入れる動物園にとっても、試行錯誤の連続だったようです。

統合で新生

それでもボランティア活動は軌道に乗り出しました。サマースクールやズー・フレンド・デーに参加したほか、ゴリラ、チンパンジー、シフゾウなども加わって動物のスポットガイドも充実しました。

1987年に東京都福祉局の肝いりでシルバーガイド(SG。現在はサービスガイド・グループ、同じくSG)が生まれ、上野や多摩動物公園、井の頭自然文化園で来園者の案内やモルモットのふれあいなどを担当していました。そのシルバーガイドと、従来の東京動物園ボランティアーズとが統合されたのは2004年4月。新生・東京動物園ボランティアーズがスタートしたのです。

そして、2005年7月からDGは井の頭でも活動を始めました。その一方、葛西臨海水族園で1997年から続いていた活動は2007年3月末、TZV・DGの手を離れて、「東京シーライフボランティアーズ」の担当に代わりました。

シルバーガイドと従来の東京動物園ボランティアーズの統合で、TZVの会員数は700人を超える大所帯になりました。ドーセント・グループは上野、多摩、井の頭の三カ所を横断して活動しますが、サービスガイド・グループは各園で決まった曜日に活動するスタイルです。どちらのメンバーも、少しでも来園者のお役に立てればと願っているのです。

2019年7月


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